
History
これまでの歩み

美しい景色の背景には

時は新美南吉記念館ができる前の平成2年
愛知県半田市岩滑(やなべ)に生まれ育ち、新美南吉顕彰会の広報部長をしていた小栗大造さんはある壮大な計画を思い立ちました。“南吉がよく散策した矢勝川の堤をキャンバスに、彼岸花で真っ赤な風景を描こう”
それは「ごんぎつね」に “赤い布(きれ)のように” と書かれた彼岸花の風景を再現しようというものでした。
一人から始まった植栽は、やがて岩滑の人々へ、子どもたちへ、地域の企業や行政へと広がっていきます。人の手と想いに支えられながら、風景は少しずつ育まれ、いまでは東西約1.5kmの堤に、約300万本の彼岸花が咲くまでになりました。
毎年秋には「ごんの秋まつり」が開かれ、多くの人がこの風景を楽しみに訪れています。

・・・
おひるがすぎると、ごんは、村の墓地へいって、六地蔵さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向こうにはお城の屋根瓦が光っています。墓地には、ひがん花が、赤い布のようにさきつづいていました。
「ごんぎつね」より












平成2年
矢勝川堤の彼岸花植栽活動が始まる
当時新美南吉記念館の建設計画が進んでいたため、童話の里にふさわしい環境をつくる取り組みが考えられた
新美南吉顕彰会広報部長の小栗大造氏を中心に矢勝川堤における彼岸花植栽活動が始まる
平成4~6年
3年間で計50万球の彼岸花球根を植える

半田市からの補助を受け、3年間に計50万球の彼岸花球根を植える
植栽には地域住民や児童生徒が数多く参加
平成7年
「矢勝川の環境を守る会」発足
彼岸花の植栽活動の賛同者が増えていき
小栗大造氏を初代会長に「矢勝川の環境を守る会」
が正式発足
新美南吉顕彰会の下部組織として事務局業務を
新美南吉記念館が担う
平成6年
新美南吉記念館が開館
平成12年
彼岸花開花100万本達成
平日の午前中はほぼ毎日活動することにより彼岸花開花100万本達成!
平成17年

平成20年
「童話の村の秋まつり」スタート
榊原幸宏氏が第2代会長に就任
半田市観光協会を事務局に
「童話の村の秋まつり」スタート


平成25年
「童話の村の秋まつり」を
「ごんの秋まつり」に改称


平成31年
野口恒雄氏が第3代会長に就任して
「矢勝川の彼岸花を守る会」と改称

「はんだ市報(6月)」「中日新聞知多版(8月)」「My Town半田・阿久比(9月)」で矢勝川の彼岸花を守る会の会員を募る記事を掲載
ケーブルTV局の番組「彩・JAPAN(12月)」で活動の歴史と現状、想いを紹介
「矢勝川の彼岸花を守る会」会員募集
令和3年
4月 大島廣信氏が第4代会長に就任
矢勝川堤草刈りの有償ボランティア導入
(新美南吉記念館が所管し、岩滑お助け隊を中心に実施)
令和5年
4月 会員が大島会長、松本副会長の2名になる
令和6年
4月 会員が大島会長のみとなる
令和7年


半田市市長 竹内 弘 氏
小栗大造氏
中学校生徒
岩滑小学校児童
半田中学校生徒
協賛企業のみなさん
岩滑北保育園の通園道路に植え付け
平成28年

阿久比町
平成24年
阿久比町も
「矢勝川の環境を守る会」を発足
代表安井誠一氏

彼岸花開花200万本達成
令和4年
矢勝川堤草刈りの有償ボランティア導入
3月 大島会長が退会し「矢勝川の彼岸花を守る会」休会
彼岸花植栽事業をNPOごんのふるさとネットワークに移す協議本格化
童話の里を未来につなぐ活動が次の世代で始まっている
・9月18日「真っ赤な矢勝川 守りたい」中日新聞知多版
・10月4日「ごんぎつねの世界 未来につなごう」朝日新聞県内版
・10月28日「ヒガンバナ伝承へ 担い手確保を」中日新聞知多版

阿久比町
令和6年
内山幸治氏が代表に就任
彼岸花開花300万本達成!

阿久比町
令和2年
竹内立見氏が代表に就任
第1回ごんの秋まつりINごんげん山のイベントを開催
飛び石でのお茶接待開始